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見えないと見えてくるもの

目の手術をして2週間ほど経った。

10年前にした目の手術の後遺症で、ここ1年で一気に白内障が進んだ。

その手術だった。

昔の手術の影響で右目の視界は元々歪んでいて、白内障の手術をすることで

その歪みがハッキリ見えるようになることを懸念していた。


結果、思った以上に歪みはひどくびっくりしたが、

ほとんど見えてなかった右目が見えるようになると

こんなにも視野は広いものだったかという事にもびっくりした。


眼科医の先生が手術前におっしゃった

「見え方も受け止め方次第ですから」と言う言葉が

私の脳の中にはしっかりと浸透していて、

見えないより、歪んでいても見えるようになったことに

心底感動した。


そして、今までのようなあたふたした行動や、

キョロキョロと目を動かしてしまうことが、かなりキツイ。

必然的に、ゆっくりと、ゆったりとした動きになる。

けれど、よくよく感じてみると、

そもそも私って、のんびりマイペースだったはずだよなぁ。。

このゆったりペースなかなか良い感じだ!と気づき始めている。


今まで、行動するペースも早過ぎたし、

いつの間にか自分に無理をいっぱい強いていたことにも気づけた。


さらに

周りの反応からも色々なことが見えた。


手術当日の朝、

夫と息子が、何となくソワソワしているのが

伝わってくるから、なんだか可笑しくなっちゃって・・(笑)

見守る男二人の方が弱気になっていることで、むしろ

私の緊張感はほぐれた。

家族の愛とは、こんな風に普通のカタチではない。

わかりにくいカタチをしているものだ。


そして、今回1番笑ったのが・・

両実家の母2人だった。

手術当日の朝に、「昨日の手術、どうだった?手伝い行くよ」と実母。

手術当日の夕方に、「まりちゃん、明日の手術頑張って!手伝い行くよ」と義母。


すっかり日にちを勘違いしていた2人。

2人とも数字に(日にち)に疎くなっちゃって・・笑

10年前の手術の際には、

私が長いこと入院したのでこの母2人には、とてもお世話になったことも

同時に思い出された。小学生だった息子の世話を交代でしてもらった。

あの時は、本当に有り難かったなぁと、私はしみじみとする。

すっかり忘れていた大事な母たちの愛も

もう一度感じることができた。


今年は、この目の不調により

自分の働く環境も変わったし、変化が大きかったんだけれど、


こういう事があると

普段見えてないことがしっかり浮かび上がってくる。


そう考えると

自分て

本当に恵まれていると

こんなにもたくさんの愛に囲まれているじゃあないかと


しみじみする。


ちょっと泣いてみたりもする。


日常には、愛がたくさんあって

そこに気づけたらもう幸せにしかならない。







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